こんにちは。
この記事は写真撮影とは全く関係がありません。
つい先ほど遠い幼少期の記憶を思い出し、この人生の記憶を忘れる前に記録に残したいと思い書く事にしました。独り言なのでご理解ください。
20歳台後半になった自分は東京暮らしで社会人をしており、毎日が仕事の日々です。
休日は高いカメラを持って出かけたり、ハワイやイタリアに海外旅行に行ったりと、それなりに贅沢をしているのでは!? と思います。
数年前には大学時代に出会った彼女と結婚し、家庭もあります。
あとはいつか子供を作り、両親に抱かせてあげればこれ以上の幸せはなく、ようやく親孝行もできるのだと思います。
そんな日々ですが、休日にやる事もなく自宅にいると、遠い昔の記憶を思い出します。
その記憶はとても懐かしく、忘れたくない最高の思い出です。
目次
幼少時代の記憶「小学生合唱団」に所属
自分は長野で生まれ育ちました。
勿論小学時代も田んぼに囲まれた田舎を歩きながら通学していたわけです。
そんな小学生の頃、似合いもしない「合唱団」に所属していました。
今思えば、学年を超えたメンバーが集まる合唱団に、なぜ自分が所属していたのか…。
それは親の影響ではありません。と言うのは、兄弟で所属していたのは自分だけだからです。
今振り返ると、その理由は素晴らしい友人達と、素晴らしい音楽の先生に恵まれたからです。
怖い合唱団の先生
当時の音楽の先生は年配の女の先生であり、皆に怖いと言われていました。授業中は普通に学生の尻を力いっぱい叩いて怒鳴る程の先生です。その先生の名前は今でも覚えています。
その先生が合唱団の先生でもあったですが、自分は少し気に入られていたのを覚えています。
気に入られていた理由を今になって自分なりに考えるのですが、思い当たる節があります。
自分は男児の中でも高音領域の発声が比較的得意であり、クラスのみんなの前で「もののけ姫」の主題歌なんかを一人で歌わされた恥ずかしい記憶があります。また、個人的に呼ばれてどこまで高音の発声ができるのかを何度も試された記憶もあります。
おそらくこれが、自分が音楽の先生に気に入られていた理由なのだと思います。
クラスメンバーに恵まれた
そして合唱団に所属していたもう一つの理由が、仲が良かったクラスのメンバーです。
自分の小学時代のクラスは一度もクラス変えがなく、男女関係なく比較的皆が仲良しでした。
クラスの中心的な友人や幼馴染の友人などみんなが仲良しであり、放課後よく男女みんなで缶けりをしたり、男友達だけで山の斜面へ行き秘密基地を作ったりしていました。
この仲良しだったクラスメンバーの大半が、合唱団に所属 していたのです。
みんなが入っているなら自分も入りたい。小学生時代なんてみんなそんなもんです。
合唱団の活動内容について
では、実際の合唱団の活動はどのような事をしていたのか。
その記憶が曖昧ですが、一番の記憶が夏の泊まり込みの合宿です。昼間は音楽室でわいわい合唱の練習を行い、夜には調理室で音楽の先生を中心にカレーを作って食べました。寝る際は多目的ホールの床に布団を敷き、友達と怖い話をしながら眠りにつきました。深夜に目が覚め、時計の音が広い多目的室に鳴り響いていたのがちょっと怖かったのを、今でも覚えています。
まさに遠い時代の 夏の記憶 です。
その他、基本的な合唱の練習は授業が始まる前に行っていた気がします。確か週に一度か二度。そうです、だんだん思い出してきました。
そんな合唱団ですが、年に一度の一大イベントがありました。それが、今回の記事のテーマである「ほほう」と言う合唱曲を歌うことです。
思い出の合唱曲「ほほう」に出会う
合唱団に所属していたのは、たった一年間です。確か小学校4年生の頃。
その理由は、5年生に上がる時に音楽の先生が転勤になり、別の先生に変わったのです。
この時、クラスのメンバーが一斉に合唱団を辞めました。
振り返れば、その後の音楽の先生が悪かったわけではないのですが、合唱団に所属していた頃の怖い先生の方を誰もが慕っていたのは事実です。
話は戻り、合唱団に所属していた一年間で一度だけ大イベントがありました。
当時は何も知らずにバスで会場まで連れて行かれました。すると、広い会場内にはさまざまな小学生の合唱団が来ており、順番にステージへあがり同じ曲を歌うのです。
この曲こそが、この一年間練習を続けてきた合唱曲「ほほう」です。
この曲は本当にみんなで頑張って練習した思い出の曲であり、昔を思い出せる曲です。
遠い記憶を追い求めて
上で書いた内容が小学生時代の合唱団の記憶な訳ですが、大学生くらいの頃にどうしてもこの曲を聴きたくなり、インターネットなどで探しました。しかし、今ほど動画サイトなども世間に浸透していなく、なかなか聞けるサイトがありませんでした。
動画サイト-youtubeで知った
そんなこんなでブログを書いている今さっき、youtubeで何気なく検索をかけました。
すると、いくつか動画をアップしてくれている方がいました。
これが、当時の懐かしい記憶「合唱曲のほほう」です。
どなたかが撮影して投稿してくれたのでしょうね。ありがとうございます。
投稿は3年前ですが、撮影日時を見ると平成11年となっており、今から20年も前です。
そうです。自分が合唱団に所属した小学4年生の頃と一致します。年齢がわかりますね…。
そして概要欄を見ました。
平成11年度(第66回)のNコン(NHK全国学校音楽コンクール)の
小学校の部課題曲、「ほほう!」の初演です。
(「課題曲を歌おう」より。)
なるほど、これを見て思いました。
当時必死に練習していた曲は、先生が我々合唱団をコンクールに出させるためだったのです。
遠い昔と遥か未来の狭間に僕は生きている、この事を伝えてくれる素晴らしい曲です。
左の耳をすませば、遠い昔の音が聞こえる
右の耳をすませば、遥か遥か未来の音がきこえる
このフレーズがとても印象的であり、最後の大サビで高音パートと低音パートがハモる部分はと今でも飛び肌が立つくらい好きです。
ピアノを弾く少女
このブログは、当時のクラスメイトは絶対に読まないだろうと言う定で書きます。
当時のクラスメイトの中に、小学2年生頃から両想いだった女の子がいます。
その女の子からは小学2年生の頃にラブレターを貰ったのですが、それから自分も好きになり、ふたりで鬼ごっこをしたり、その子の家でゲームをしたりしていました。
はっきり人に教えたことはないですが、恐らくこれが自分の 初恋 です。
そんな彼女は、ずば抜けて音楽の才能があり、音楽会でも常にピアノを任されていました。
いつの日かその子が自分の前で、この「ほほう」の前奏をさらっと弾いてくれたのを覚えています。むしろ、自分がこの曲が好きなのは、これが一番の理由なのかもしれません。
まあ小学生の両想いですからね。付き合っていた訳でもないですし、惚気話はこの辺で。
振り返れば、中学時代の彼女は吹奏楽部でもやはり音楽の腕が素晴らしく、よく後輩に指導を行っていました。彼氏もでき、確か音楽学校へ進んだとか…。
今となっては自分は全く別の女性と結婚しましたし、当時の彼女の連絡先も知りません。
幼い頃の記憶、これが青春と言うんでしょうね。遠い昔の記憶です。
最後に
この「ほほう」と言う曲を歌った事は、自分の人生の中でもとても大切な思い出です。
東京で日々働きながら、休日はカメラなどに没頭する日々。そんな毎日の中、一人でこの曲を聞くと、ふと我に帰った気持ちになります。
当時の音楽の先生は今は生きているのだろうか、連絡先の知らないクラスメイトは今何を行っているのだろうか、この曲をみんなで歌った事を、自分みたいに思い出すのだろうか…。
そして、ピアノが上手だった彼女は今どうしているのだろうか…。
最後に、この曲の歌詞を載せて終わりにしたいと思います。
歌詞「合唱曲-ほほう」
左の耳をすませば
遠い遠い昔の音が 聞こえる
わかい地球の わかい海で
初めて命が 生まれた
「ぴちっ」 音
右の耳をすませば
遥か遥か未来の音が 聞こえる
空の向こうの 向こうの向こうで
新しい世界の 扉が
「ぽんっ」 開いた音
まんまるく目を開けて ぐるりとまわりを見回して
「ほほう!」 僕は鳴く
僕は今にいるんだな ほほう!
僕はここにいるんだな ほほう!
僕は僕でいるんだな ほほう! ほほう! ほほう!
遠い遠い昔の
遥か遥かな未来に
遠い遠い昔の
遥か遥かな未来に
遥か遥かな未来に 挟まれて
僕は 僕でいるんだな